はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

江戸を中心に元禄の文化が咲き誇っていた正徳元年(1771)、当社の前身である大坂屋は、攝津の国、灘五郷の一つ今津郷にて創醸したと伝えられています。灘五郷は、兵庫県南東部海岸地帯の当時「灘目」と呼ばれた地域であり、正徳六年にはじめて「灘」という…

■わたしにとっての緊張感のある光景は、なんの変哲もない日々の中に転がっている。(須田一政) ■要するに写真は、対象のただ単なる転写ではありえず・・・・・・また他方、機械的に写すゆえに芸術とはなりえない。これこそ写真の二重の不幸なのである。写真…

安吾

■小説は、人間が自らの医(いや)しがたい永遠なる「宿命」に反抗、或いは屈服して、(永遠なる宿命の前では屈服も反抗も同じことだ―)弄ぶところの商品であり玩具であると、私は考えている。 ■いったい、空想ということを現実に対立させて考えるのは間違い…

晩年の寺山修司講演

「ドイツ・この不思議な国」/観客との質疑応答」(月刊イメージフォーラム1983年7月号) 観客―先日、寺山さんが講演した日に上映された『ことの次第』(ヴィム・ヴェンダース監督:平民金子註・・・一応)という映画を見たんですけど、その映画の最後で、登場…

部屋を片付けているとメモが出てきた。 それは幸田文の小説「髪」、の、気に入った文章を書き写したもので、 二十歳前後の俺はこおゆう文章がすこぶる好きであった。 んん、今でも好きなのだけど。 内容は完璧に忘れてしまった。とりあえず、主人公が、母親…

ベイルートの海は青い。 それこそ染まるほど青い。 わたしは東京生れの東京育ちだから、水平線の彼方に、ものが見えない海 というものを見たことがなかった。 しかし、ベイルートの海の水平線は、それこそ永遠の時間と空間にすいこ まれているように広く果て…

われわれは、しなければならないことをしないとき、最も忙しい。真に欲している ものを手に入れられないとき、最も貪欲である。到達できないとき、最も急ぐ。取 り返しがつかない悪事を犯したとき、最も独善的である。 明らかに、過剰さと獲得不可能性の間に…

自惚れの衝動は、創造力に反比例する。創造力の流れが枯渇するとき、 残されるのは自分自身の重要さだけである。 エリック・ホッファー/魂の錬金術(人間の条件について・83)

危険をおかしているという自覚なしに危険をおかすのは、 確かに若い世代の特権だ。 大沢在昌/心では重すぎる(p132)

◎願望 朝マイナス三十度の寒さの中、雪で顔を洗った。井戸も水道もないバラックでは 雪を利用するより仕方がなかった。 ある日、クロイ・ラグの所長が巡回して来た。皆整列していると、 「誰が、君等の組長かね」 と聞く。ムーヒン元大隊長が、 「私です」 …

母国語 日本語を話す機会のない私は、ここでの二十五年間の幽閉生活で母国語を忘れたらもう日本人ではなくなってしまう、何としても自分の生まれた国の言葉を記憶にとどめようとして、読むロシア語の本を頭の中で日本語に訳して行くことにした。訳は正しくな…

死刑判決 「何故自分は死ななければならないんだ。自分はソ連政府に対しては何らの罪も犯 していないのに。理解に苦しむような事が社会主義国家内で起こっている。これが 裁判というものか、証拠もなければ証人もいない全くのデッチ上げで人を死刑にす ると…

マイルス・デイビス/アガルタ(AGHARTA) ライナー/熊谷美広マイルスが『ビッチェズ・ブリュー』で試みたことで最も重要なのは、エレクトリック・サウンドの導入ではなくて、フォームの解体とリズムの解放だったとぼくは思う。テーマ→アドリブ→テーマという…

沖縄の復帰運動における変化として知られるのが、全章でも述べた「日の丸復帰」 から「反戦復帰」への転換とよばれるものである。その転換点としてしばしば指摘 されるのが一九六五年の佐藤栄作首相の沖縄訪問であり、その背景にあったのはベ トナム戦争の激…

またそこには、戦後の沖縄における「日の丸」の微妙な位置の問題があった。敗戦 いらい沖縄全土ではアメリカ以外の国旗掲揚が禁止されており、一九五二年四月の 講和条約の発効とともに部分的には許可されたが、それでも公共機関や集会などで 掲げることは禁…

だが、禅はものの固定化をなによりも忌み嫌う。一切のものを本来無自性と信じ、 かつそう見るからである。本来無自性とは、永遠不変の、固定した「本質」などと いうものをもたないということである。山が山性によってがっしりと固定され、山 以外の何もので…

すでに仕組まれたカルマの通りに、ぼくは必然的にここにやって来た。夢はぼくの五ヶ月先を完全に予知していた。ぼくは、自分の存在を超えた巨大な宇宙の意思ともいうべき支配の下で、見が震えるほど高揚してきた。そして、きっとインドでは何かが起こるぞ、…

僕は、自分の内部の夜の森を見張る斥候をひとり傭ったのであり、そのようにして僕は、僕自身の内側を観察する訓練を、みずからに課したのである。 (万延元年のフットボール/大江健三郎) ●写真はバカボンのパパです

「わしは何度も熊沢さんと会って、南朝のことを教えたよ。この男が本当に南朝の天皇の流れをくむのか知りたくてねえ。わしは十九歳のときから南朝の歴史を調べていたから真贋を見究める自信はもっていた。熊沢さんの話を聞くとどうも本当らしい、九十九代の…

散文的に笑う(青春) マルクス・レーニン主義的カレーライス(空席) (真島昌利) ■写真はハイロウズ『リラクシン』です。「ボート」がいいです。

軍都横須賀は、明治前からその性格をもっていた。幕府は元治元年にフランスの助け を借りて造船所をつくることになったが、この地がフランスの軍港であるツーロンに 似ていて最適だとする結論をだした。以来、横須賀には造船所がつくられ、海軍の要 衝となっ…

「わたしのお婆さんがね、昭和二十年の八月に入ってすぐに死んだんだよ。九十七 歳でね。そのお婆さんの自慢っていうのは、ほらペルー*1が黒船で来たときに、ペル ーの船に行ってお茶を入れたんだよ。するとおみやげをくれたんだ。粉石鹸だった そうだ。よく…

(高橋源一郎「日本文学盛衰史」)。清白伊良子暉造酔茗河井又平に愚痴っていわく。 歌舞伎町で朝まで飲んでくだをまいていなければ詩人になれないのですか。 飲みすぎて肝臓が悪いことを嬉しそうに自慢するのと詩を書くことの間になに か関係があるのですか。…

職場仲間のEさんが貸してくれた寺山修司「戦後詩」より。 私は手でさわれない過去の事象を証拠物件にして現在を推理しようとする 歴史主義者たちを信用しない。「行く」という行為は在りうるが「帰る」と いう行為はありえないのだ。回帰するやつは、みんな…

アリの2割「働かない」北大助手らが確認 黙々と働くと思われていた働きアリの約2割が、実はほとんど働いていないことを、北海道大大学院農学研究科の長谷川英祐助手(進化生物学)らが15日までに確認した。 ★マーカーで印を付けて観察 長谷川助手らは、…

生物で最も少ない遺伝情報しか持たない病原細菌 栄養分を奪うことで、700種類以上の植物などの病気を起こす病原細菌のファイトプラズマが、生物で最も少ない遺伝情報しか持たず、生存に必要な栄養分のほとんどを寄生相手から調達していることを、難波成任…