東京で暮らすということ

この一年間「原発はもう勘弁してくれないかな…」というような趣旨のデモに、ちょくちょく顔を出していて、何か大きな声をあげるわけではなくただそばを歩いたり、行列に加わって写真を撮ったりしていた。その時々で、デモについてツイッターに書いた文章をtwilogを使って抽出し、通して読んでみると、自分が書いた文章に共通しているものがわかる。それは誰にも何かを呼びかけない事と、発言の主体を一人称単数(僕)で書く事だ。この日記でも過去に何度か引用した事のある山之口貘の「存在」という詩【僕らが僕々言ってゐるその僕とは、僕なのか/僕が、その僕なのか/僕が僕だって、僕が僕なら、僕だって僕なのか/僕である僕とは/僕であるより外に仕方のない僕なのか】のように、僕はこの一年間(いや、一年間に限らずもしかしたらずっと)発言の主体を僕、僕、僕、僕としてきた。よほど書く理由、必然性でもない限り主語をでっかくしない。大阪で生まれて東京で暮らす36歳男である「僕」を主語として、一人ぶんだけの声をあげる、小さく発言していく事にこだわった。


デモ隊の行列に参加して歩くたびに、僕は何か申しわけないような気持ちに包まれる。おれ、こんな事しててごめん、という気持ちが消えることはない。そんな気持ちなんて持つ必要、絶ッッッ対にないのに。もっと堂々と怒れ、怒れ、怒れ。そう思ってもなかなかそうはならず、申しわけない気持ちが心底に澱となって残る。被災した地域に暮らす人間から見たら一見平和な日常を取り戻したように見える東京で隊列を組んで歩く事は間抜けな風景に写るだろうか。宮城や岩手や福島の人間は東京で歩く僕を見てどう思う?うすっぺらく思うだろうか。軽いと思うだろうか。どうでもいいだろうか。ダサいだろうか。不愉快だろうか。


いま、東京で暮らすという事。このことを、こんなにも意識した一年はない。これは別に東京に限った話ではなく、北海道でも、沖縄でも、大阪でも、茅ヶ崎でも、千葉でも、富山でも、ロスアンゼルスでも、ソウルでも、北京でも、メキシコでも、台北でもどこだっていい。どこにいたって僕は自分の立つ場所から、この一年間に起こった様々な事象を見つめ、そこに自分がどう関わって行けるのか、あるいは関わって行けないのかについて考え続けたと思う。漠として自分一人の両腕ではとても抱えきれない大きな哀しみに、ただでさえあるか無きかの自分自身の輪郭が簡単にとろけ出してしまうような大文字の言葉たちに、同化するのではなく、同化出来ない事に苛立ちと焦りを感じながら。つまらなさや切実さ、うすっぺらさや重たさを何もかも自分の足元で受けとめて、固有の、小さな声を発信し続ける。手を伸ばしても届かない風景。望みもしないのに立ちあらわれる風景。本当に、一年間、毎日毎日どこにいても同じ事ばかり考え続けていた気がする。それは酒で忘れる事も出来ないし、もう、そういう性格だから、そういうもんなのだろうと思う。僕は、明日は何も考えずに、梅の花を見に行きたい。きみはどこにいて、何を見ているのだろうか。