本田靖春『私戦』ようやく読了

なぜこの本を読もうと思ったかというと、5月6日に灘打ち上げ

灘の打ち上げ - 平民新聞

をやった際、なんの話だったか忘れたけど松本創さんがこの本の事をしゃべっていたからだ。どういう話題の中で出てきたのか、松本氏はこの私戦に対して何を言っていたのか、という事はまっっったく覚えていないが、本の名前だけはしっかりとメモしていていた。金嬉老事件に対する個人的な思い出(?)と言えば、昔「驚きももの木20世紀」というテレビ番組があってこの事件の特集をしていた時に、ゲストで出ていた大島渚が最後、金嬉老のオモニの話になって映像だったか写真だったかが出てきた時に激しく泣きだしてびっくりしたのを覚えている。あとおととい書いたBEYONDというバンドは日本でデビューしてすぐにリーダーの黄家駒が亡くなった。「驚きももの木20世紀」のエンディングに彼らの歌が使われていたのだ。25年くらい前。本田靖春、もっと読もう。教えてくれてありがとうございます。

「映画館があった街」(西灘文化会館)

午前中は王子動物園へ。人がたくさんなのはいいとして(そりゃ日曜だから)、子供から気軽に「観覧車に乗ろう」と言われ、妻子私で乗ると一度でポンと900円とんでいくのが問題だと思った。よく私がひとりで子供と通っていた頃は、300円ですんだ観覧車、あの頃は気楽な気持ちでよく乗ったものだが、今では900円。私と子供だけであっても600円。こりゃ気軽に乗れねえぞとなって、無料である2歳までにもっともっとたくさん乗っておけばよかったと思った。それはそれとして、動物園後は妻子をカラピンチャに残し、一人で西灘文化会館へ。昨日のワールドエンズガーデン『恋する惑星』上映と連動しているイベント、かつてこの地にあった西灘劇場・西灘シネマという映画館が閉館して15年「映画館があった街」という塚口サンサン劇場の戸村文彦さんとナディスト慈憲一さんのトークを聞きに行った。

全国から人を集める「まちの映画館」の仕掛け人 | 尼ノ民たち | 尼ノ國(尼崎市)

このイベントは入場者に紙コップに入ったポップコーンが配られて、よく見るとコップには映画からとった名言が貼られている(ポップコーンと名言の組み合わせは西灘劇場閉館時のオマージュとのこと)。なんの説明もなかった気がするのでもしかしたら気付かなかった人もいるのではないか。それほどさりげなく名言シールが貼られている。

f:id:heimin:20190602230202j:plain

なんとなく気になって、イベント終了時ナディスト氏に「すいません、この名言シールって何パターンかあるんですか?」と聞いてみた。そしたら「全部違うよ」との事で、びっくりした。ほんまかいな、と思って退場するお客さんたちによって積まれた捨てられる前の紙コップを全部見たんです。ほんとに一枚一枚全部違うシールが貼られていて、こういうところにナディスト慈憲一氏の狂気を感じました。

f:id:heimin:20190602230139j:plain

 

 

 

『恋する惑星』

灘区のワールドエンズガーデンにて上映会。遅刻したらあかんやろと慎重に20分前に王子公園駅に到着したけれどつい駅前のラーメン「ぽーと」に入ってしまいこんな日だからこその金城武セット(マーボー丼+ビール)を。あわてて飲み食いしたけれど冒頭遅刻。f:id:heimin:20190602000348j:plain

この映画、何度も見てるんだけどいつも決まって途中で眠たくなるんだ。おもしろいんかいなこれ、なんて思って。それでもなんで何度も見てしまうかというと、劇中『夢中人』が流れて来た瞬間にすべてがチャラになるからだ。「おもしろいんかいなこれ…」みたいな不安な気持ちが、あの歌が流れてきた瞬間に謎の「傑作感」が出てきて、報われるみたいな所ありませんか。単に歌が好きなだけかもしれんけど。94年の香港といえば私が18歳の時で、ほんの数時間だけ降り立って街をウロついた記憶があるのだ。なんだかこっぱずかしい記憶であるがレコード屋でおじさんに「黄家駒 BEYOND」みたいなメモを渡してそれが好きだと言って、CDを買った。ワールドエンズガーデンの、電車の音が響く環境も良い。東京の新橋文化劇場で、閉館前に『色情めす市場』がかかった時、あまりに電車の音が良くて、やはり映画と電車が線路を走る音はセットであるべきだ。しかし今日も思ったな、ほんと『恋する惑星』は「夢中人」で迷いがチャラになる作品だ。何度目だろう、「おもろいんかいなこれ…」と思いながら見て「ちょっと眠たくなってきたぞ」とか思って、そんな時にフェイ・ウォンがトニー・レオンの部屋をごちゃごちゃやる場面になってこの歌が流れてくる。そして、あー……なんか傑作な気がしてきたぞ、となる。私くらいの年代の人間にとって、喉に引っかかった魚の小骨みたいな映画ではないかと思う。

高校生の頃香港に行きたくて仕方がなかった。でもどうしたらいいかわからないんだ。ここより他の場所に行く手段なんて実際はたくさんあったのに、十代なんて馬鹿だからそれがわからない。今でもたまーに、あの頃の自分が一歩踏み出して外国に飛び出してたら、なんて事を思う。でもそうしていたら今とはまったく違う人生を歩んでいて、今日の上映会、どころか神戸にすらいなかっただろうし、まあどのような道を行ったとしても生きてるってのはなかなかおもしろいものだ。そう思いたい。なんて事を考えてしまう、人生における架空の分岐点と言えばよいのか、十代後半のそういう時期に公開されていた作品なので。喉に引っかかった魚の小骨みたいな、ていうのはそういう意味で、18歳の時に引き戻されるような気がします。

たとえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だったら映画だけを見れるんだよ。映画の内容だけを語れる。でも『恋する惑星』と『E.T.』と『ロッキー4』と『風の谷のナウシカ』と『タイタニック』これはもう、映画以外の話をしないと映画について語れない、という映画なんだ。『風の谷のナウシカ』を語ろうと思ったら、小学生の頃にタクシーに乗って梅田の映画館に行ったけど車酔いしてゲロを吐いた話、その時私を連れていってくれたNが、当時私が通っていた床屋の女房と浮気して黒部に逃げた話、その後なんの関係もない私が床屋の主人の恨みを買い店を出禁になった話とかその辺からしゃべらないとあかん、みたいな。『恋する惑星』ってそういう種類の作品なんだ。

床屋の主人はめちゃくちゃ優しい人で小学生の私は大好きだったんだ。でもN事件の後で笑顔が消えてしまって、家中の窓に黒い目張りテープを貼るようになった。中学一年生か二年生の頃だったか。私は出禁になっていた店の扉をあけて、客が誰もいない店の中で「おっちゃん、おれのこと嫌いになったん?」て聞いたんだ。『恋する惑星』も、そういう作品よ。

 

やつどき2号店

神戸市:ごろごろ、神戸2「第13回 神戸、安いかき氷特集」

「ごろごろ、神戸2」A面でもB面(ZINEの第13回)でもレコメンドした新開地ボートピアのたこ焼きショップ、ついに本日閉店である。さすがに今日ばかりは閉店の噂を聞きつけたファンが全国から集まっていて、東池袋の大勝軒閉店時を上回るレベルでの行列が出来ていた。世界最安値、名物の100円出汁たこ買うのに9時間の行列である。

f:id:heimin:20190531214451j:plain

f:id:heimin:20190531214450j:plain

跡地はどうなるのかなあ。しれっと同じような店が復活してほしいんだけど。ボートピア隣のローソンも、私が引っ越して来た頃はボートおやじのための一杯飲み屋だったんだ。跡地にスプラトゥーンショップ出来ないかな。イカしか出さない店。東京の荻窪にそういうお店があって。そこはスプラトゥーンとは何の関係もないんだけど。

 荻窪のイカの店は今(まだあるよね…?)の所に移転する前に色んな人を連れて行ったんだ。うちのヨメさんも連れて行ったんだけど、会計の時に1万円札を出してめっっっちゃにらまれてた。それがおもしろくて。安い立ち飲み屋で万サツを出したら殺される。そういうのを学ぶのってええ経験やで。

久しぶりにイチローショップへ

長い体調不良もあって久しぶりにイチローショップへ。焼きそば姉チャンもしばらく体調不良だったらしく、病院へ行った時の事。長い待ち時間を持て余し本棚を見ると「あまから手帖」があったので読んでいると、私の文章を見つけたとのこと。「あまから手帖」強いな……と思って。

私は知ってる人がツイッターやインスタグラム、ブログ、なんでもいいけれどネットで何かやってるとわかったらとりあえずひととおり見るけれど、そういう事するのってごく一部のヘビーユーザーだけなのな。ほとんどの人は、他人のツイッターとかインスタグラムになんて興味がない。ネットは見ないんだ。

でも、紙の新聞とか雑誌だと見られたりする。そういう意味で、神戸新聞にのった時に今まで声をかけられなかった層から一気に声をかけられた感じがしたんです。あまから手帖にしたってそうで。おお、焼きそば姉チャンにまで届くんかいな、と思って、そこはやっぱ、紙の本さすがだな、あまから手帖さすがだなと。

スマスイうどんに対して「汁少なない?」て正直に書いたのって、私が人類で最初だと思うんです。そういう意味で私の文章はアポロ11号のニール・アームストロング級の功績を残しているとは思うんだけど、まあそういう偉大な功績が今生で評価されるかされないかは置いといて、焼きそば姉チャンにまで届いている事はわかったので。あまから手帖、書いといてよかった。

究極の袋ラーメンの作り方(β版、あるいはアイデアノート)

1.コンロが3つ必要(ケトルあればなお良し。なくても問題なし)

2.コンロAは、具を炒める用(野菜は茹でるよりも、フライパンで炒めた物をのせる方がおいしい。その際少々塩コショウ。ウェイパー的なもの。←味の素ではなく)

3.コンロBは、麺を茹でる用

4.コンロCは、スープ用。分量を計って(少なめで作る)沸かし、溶き卵にする。

5.器にはスープ粉を入れておく

6.B、Cの湯をわかす。Aの野菜炒めは最弱火で保温

7.Cに溶き卵、酒極少

8.C(溶き卵湯)を器に入れスープを作り、Bの麺をザルにあけ湯を切って入れる

9.弱火保温しておいたAを乗せる。

 

 

a.1つの鍋ですべて作ると、溶き卵と乾麺が絡まってダマ的になる。めんどくさいがC(溶き卵湯)とBは別鍋にしたい。溶き卵は好みなので、入れても入れなくてもどちらでもいいが。

私は袋ラーメンに溶き卵は必要だと考えている。

しかし、麺を茹でている鍋に卵を入れると、麺も卵も活きないのである。

だから別鍋で。

b.だいたいの袋ラーメンは水必要量が500ml前後か。これは同じ湯で麺も茹でる(1つの鍋で全行程を終わらせる)事が前提なので、それぞれの工程を別鍋で作るとなると、Cの湯(スープ用)は少なめが良い。400~450mlくらいか。

この件に関して、例え多めであっても、どのみち器にスープ粉を入れているので湯を器に入れる時に調整すれば良いではないか、という意見があるかもしれない。しかしそうすると、(多めに湯を沸かした場合、その同じ鍋で溶き卵も作るので)少量の溶き卵が無駄になってしまうのである。

そんなもん、無駄になった溶き卵はザルかなんかで受けて全部使えばええやろ、と言われるかもしれない。しかしそうすると、ザルを洗う必要が出てくるだろう。

溶き卵を受けたザルを洗うの、めんどくせえんだ。

茹でた麺を受けただけのザルだとチャチャッと洗えるんだけれど、溶き卵を受けてしまうとゴシゴシゴシゴシ、ジャージャー、トントントン!(穴に入った卵を落とす音)みたいな事をせなあかん。

この溶き卵湯を少なめの水(400mlくらい?)で作って、もし濃ければケトルの湯で最終調整、というのが慣れた工程。けどケトルはない人もいるだろうから、まあこの辺はなんでもいいや。

 

幼い頃から1190回聞かされてきた話なのだが、私はこの世に生れて来た時に、サッポロ一番を持って出て来たらしい。病院の人たちは驚いたそうだ。そして産声を上げる代わりに「どうすればおいしく袋ラーメンが作れるんやろう…」とひとりごとを言っていたらしいのである。

 

 

後日正式版を書く。

キンメの握り

f:id:heimin:20190529210327j:plain

平野の鯛屋に行くと金目鯛がたくさん並んでいた。そして、あったのである。握りが。何をかくそう私は寿司ネタとしての金目鯛が大好きなのである。と言っても昔からではなくて神戸に来てから。なみきで売ってたやつを食べて「なんじゃこら」となって以来、キンメの握りを魚屋で見かけると買うようにしている。あ、なみきのやつは(記憶なので曖昧だが)皮を炙っていた気がするな。特定の店と特定の魚との結びつきで言えば、灘の寿し豊で「なんじゃこら」となったのがシマアジである。あのショック以来、シマアジも好物である。キンメは、一夜干しも買いました。ヨロシク。